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シェリルが言った。
ランカちゃんとお幸せにね、アルト
「なっ…」
アルトは絶句した。
シェリルは微笑みと共に続けた
「私ね、二人の事……ずっと、心配だったのよ…?」
「いきなり…何を言ってるんだ、シェリル?」
あまりに驚いたアルトは、そう言うのが精いっぱいだった。
「だって、アルトランカちゃん好きでしょう?」
「え…まあ、嫌いではないが」
アルトはガリア4の永遠に続く黄昏の空を思い出した。ハッピーバースデイの一言を言うための戦場の真ん中に丸腰で降り立ったランカ
あの空、ランカはいつまでも飛んでいたいと言っていた。
シェリルなら、同じ空を見て何て言っただろうか? 果たせなかった思いがアルトを今、この瞬間に引き戻した。
「だけど…」
シェリルはアルトの言葉を遮った。
「嫌いじゃないんでしょう。だったら好きってことだわ」
「そんな単純なことじゃない」
「難しく考えすぎよ」
シェリルはくるりと背中を向けた。
「ギャラクシーに戻れる目途もついたし」
「マジかよ?」
「ガリア4にいたギャラクシーの生き残りパイロットから新しい情報が得られたの。それで特別便が出るわ。……ランカちゃんと仲良くするのよ」
「俺は……」
シェリルは振り向いた。華やかな笑顔を見せる。
「振り回してごめんなさい。自由の身に戻してあげるわ、ドレイ君」
そしてシェリルはアルトたちの前から姿を消した。

アルトは携帯端末でランカの番号を呼び出して通話ボタンを押した。
「もしもしっ?」
スピーカーの向こうから聞こえてきたのは、勢いのあるランカの声だった。
「あ、ああ、ランカか」
アルトは少し驚いた。今のランカは忙しい。政府と軍のプロジェクトの中心人物だ。留守電のメッセージが出てくるのを期待していたら、本人が出てきた。
「アルト君、なんか久し振りだね」
「そうだな。忙しそうだな」
「うん、目が回りそう、って言うか息がつまりそう。今、ちょうど休憩時間に入ったところだったんだ」
「聞きたいことがあるんだ」
「うん、いいよ」
「その、ギャラクシーの所在って分かったのか?」
「え……うーん、ブレラさんやグレイスさんからは聞いてないよ。そんな大ニュース」
「そうか、そうだよな」
アルトは確信した。シェリルは嘘をついている。
SMS経由で入手できる軍の一般情報でも、ギャラクシーの消息に関係する話は無いし、フロンティアに寄港した民間の宇宙船は港に係留されたままだ。
「なんで、そんなこと聞くの?」
ランカに聞かれて、アルトは適当な理由をでっちあげた。この回線が盗聴されている可能性もある。
「いや、その……噂で聞いてな。そうだな、そんなはずないな」
「うん。あ、そうだ、お兄ちゃんのお見舞い来てくれたんだって? 聞いたよ。ありがとう。あたしも、もっと行きたいんだけど……」
「今は、情勢が情勢だしな。……あ、そうだ。キャシー中尉が隊長のところに通っているみたいだぜ」
「え、キャシーさん? 焼けぼっくり、かな?」
「それを言うなら、焼けぼっくいだろ」
「そうだっけ? そうそう、シェリルさんの具合は? グレイスさんから退院したって聞いたんだけど」
アルトは声の調子を変えないように努力を傾けた。
「そ、そうだな。学校には、まだ来てないけど、元気っぽい」
「良かった」

美星学園の放課後。
部活の後、他に誰もいなくなった部室でアルトはミシェルを呼び止めた。
「この前、電話くれたよな。一生後悔するって……何を知ってる?」
ミシェルの顔から表情が消えた。
「言えない。シェリルと約束した」
「言えよ……頼む、教えてくれ」
「お前…」
ミシェルは驚いた。アルトの口から、こんなに真剣な口調で“頼む”なんて言葉が出てくるのは、初めてかもしれない。
「ダメだ。こればっかりは」
「だけど……シェリルは……あのバカ、ギャラクシーに帰ると言って、どっか行っちまったんだ。船なんて出てないのに」
「ええっ」
(意地っ張りも筋金入りだな、女王様)
ミシェルは、ため息をついた。アルトにシェリルの体のことを教えてやるべきか、一瞬考えがぐらついた。
アルトがたたみかけた。
「教えてくれよ」
「ダメだ」
「……言ってもらうぞ」
アルトはミシェルの前に回りこんで、行く手を遮った。
「へぇ、どうやって? 腕ずくで言わせるつもりか。できるのかよ?」
皮肉な口調で挑発したとたん、ミシェルの視界に火花が散った。
アルトがものも言わずにミシェルの胸倉をつかみ、強烈な頭突きをした。
「うおっ」
ミシェルも何発か殴り返したが、アルトの勢いを押し返せなかった。床に転がされて、パンチの雨に襲われた。
「わかった、わかった。降参だ。降参する」
ミシェルは両手を上げた。
「言えよ」
「ああ」
ミシェルは頬の腫れ具合を指先で確かめながら言った。
「シェリルは……V型感染症を発症している」
「なっ…」
アルトは絶句した。
V型感染症は、バジュラとかかわるようになってから耳にするようになった言葉だった。感染症対策のために、戦闘後のメディカルチェックは厳重で、その度にうんざりしていた。
「でも、治療法は……治療法はあるんだろ?」
ミシェルは首を横に振った。
「今のところ対症療法しかない。症状が進行すれば、対症療法も……」
「なんで、アイツが? アイツはバジュラと接触してなんかいない」
「おそらく、ギャラクシーで。クランが見つけたV型感染症の症例論文にシェリルの…子供の頃のシェリルの写真が掲載されていた」
「……くそっ。あのバカ」
「どうするんだ、アルト」
「探す。探すさ。あいつは、フロンティアで知り合いは少ない。可能な行動は限られてるはずだ」
「そうだな」
アルトは部室から走って出て行った。
「んとに……手がかかるガキだ」
ミシェルは疲れ切ったように、椅子に座りこんだ。
「ミシェル?」
マイクローン・サイズのクランが部室を覗きこんだ。
「ああ、悪い。待たせてしまったな」
ミシェルが立ち上がると、クランが駆け寄った。
「大丈夫かっ? 頬が腫れてるぞっ」
「アルトにぶん殴られた」
「アルトっ?」
クランは手近なところにあったタオルを水道の水に浸して絞ると、背伸びしてミシェルの頬に当てた。
「なんで、お前たちが喧嘩なんか?」
「ありがとう」
ミシェルは礼を言って、クランから濡れタオルを受け取った。
「シェリルのこと、腕ずくで白状させられたのさ」
「そ、そうか……それでアルト、あんな必死な顔で」
「まったく、役者上がりの癖に頭突きなんかカマしやがって」
今まで、殴り合いでも、アルトは無意識のうちに顔をかばっていた。歌舞伎役者としての躾から来ている行動だろう。
「なりふり構ってないってことか。なら、アルトにも、まだ見所があるってことだな」
「大丈夫か? 他に痛むところはないか?」
クランは心配そうに、ミシェルの体を素早く調べた。
「全く、殴り合いなぞせずとも、話し合いで済ませられんのか、お前たちは……」
ミシェルは苦笑しようとして、腫れた頬の痛みに顔をしかめた。
「アザのひとつふたつ作っておかないと、シェリルに言い訳できないだろ」

シェリルが隠れ家として選んだのは、郊外にある家だった。
スペイン風のパティオ(中庭)のある白い家は、ホームオートメーションと家事をサポートしてくれるドロイドが装備されていた。
何より気に入ったのは、中庭に植えられた四季咲性のバラ。目覚めると、窓を開け放ってバラの香りを楽しむのが新しい習慣になっていた。
インターフォンが鳴って、シェリルはカウチから、けだるげに体を起こした。
(食料品の配達って今日だったかしら?)
インターフォンのモニターを見て、シェリルは息を止めた。
(アルト)
「シェリル、いるか? いるんだろう?」
スピーカーから、夢に見るほど聞きたくて、同時に一番聞きたくない声が流れ出す。
シェリルは、大きく深呼吸をするとマイクに向かって話しかけた。
「開けるわ。入ってきて」

アルトが通されたリビングは天井が高く、古めかしい扇風機がゆっくり回転して涼しい風を送っていた。
「どうやって……ここが?」
ソファに座ったシェリルはアルトを見上げた。
「お前、自分の髪がどれだけ目立つか忘れてただろ? 庭に出ている時に、EXギアで上空を飛んでた後輩が見つけた」
アルトは低いテーブルを挟んで差向いに座った。
「そうだったの」
シェリルはクスリと笑った。EXギアの飛行音が懐かしくて、思わず空を見上げたことがあった。その時に発見されたのだろう。
アルトは、いきなり本題を切り出した。
「V型感染症だって?」
シェリルは黙って頷いた。視線をテーブルの上に彷徨わせる。
「なぜ?」
アルトの問に、シェリルは皮肉な巡り合わせを感じた。
シェリル自身がグレイスにぶつけた言葉だからだ。
(なぜ、私をベッドに縛りつけようとするの?……か)
そして、グレイスはシェリルがV型感染症で余命が僅か、という事実を突きつけた。
「私が考えていること、分からない?」
アルトはため息をついた。
「予想はつく……でも、こんなことするぐらいなら、きちんと治療を受けろよ。根治できなくても、病気と付き合って生きていく人だっている」
「いやよ」
シェリルはポツリと言った。
「そんな生きているだけ、みたいな状態。歌えなくなって……V型感染症の症状って知ってる?」
「調べた。皮膚の細胞にカルシウム沈着が始まって、硬くなり、ひび割れて……」
その結果、全身の皮膚呼吸が阻害され、代謝活動が滞り、多臓器不全を起こして死亡に至る。
アルトは母を看取った時を思い出した。病状が悪化してくると、寝たきりになり、見舞いするたびに母の体に接続されているチューブやコードが増えていった。まるで命という名前の組紐が、解け、ばらけていっているかのように見えたものだ。
「そんな私、見せたくない……それぐらい、かなえさせてよ」
語尾が震えていた。シェリルはソファの肘掛を強い力で握っている。
「諦めるのが早過ぎる」
アルトが諭すと、シェリルは首を横に振った。
「知っているんでしょう? そこまで調べたのなら……この病気は体液感染なのよ。抱き合うことも、子供を産むことも……私が居た証さえ残せない。それで生きているって言えるの?」
美星学園の図書館でクランとミシェルが検索した論文の概要を見て、シェリルを底知れない無力感が襲った。
次に思ったのはアルトのことだった。映画『Bird Human』のロケ地で、アルトとキスした。この時に感染させてしまったかと思うと、絶望で床にくずおれた。
幸いV型感染症は感染力が弱く、キス程度ではうつらないと分かった時は、該当する記述を見つけ出したクランに、どれだけ感謝しても足りないと思った。
「かっこいいところだけ見せようとしてるんじゃねぇよ」
アルトは立ち上がって、シェリルの足もとにしゃがんだ。
「俺はパイロットだ。次の出撃で死ぬかもしれない」
「…うん」
「アイランド1に帰還したら、必ずここに来る」
「待っていろって言うの?」
アルトは手をのばしてシェリルの頬を撫でた。そしてゆっくり唇を合わせた。
シェリルは一瞬、目を見開き、顔をそむけようとしたが、瞼を閉じてアルトを抱き寄せた。
「待つ方が辛い場合があるのも知っている」
アルトはシェリルの耳に唇を寄せて囁いた。
「俺のみっともないわがままだ……お前が待っていてくれるなら、生きて帰れる可能性が高くなる」
「アルトを待っている人はたくさんいるわ、きっと」
「シェリルに待っていて欲しいんだ」
「イヤよ……待ってるだけなんて。一緒に飛びたい」
アルトは微笑んだ。いつものシェリルが、ほんの少し戻ってきた。
「髪をひと房くれないか」
シェリルはうなずいた。
アルトはハサミで、長く伸びたストロベリーブロンドの先を切った。それを胸から下げたお守り袋にしまいこむ。
「これで、一緒だ」
シェリルの頬に涙が一筋、こぼれた。
アルトはもう一度、シェリルにキスした。

その夜、アルトはシェリルの家に泊まった。
広いベッドで、二人、手をつないで横になる。それ以上は、触れ合わないという暗黙の了解が二人の間にはあった。
「アルト……起きてる?」
「ああ」
照明を落した部屋で囁きが交わされる。
「顎のところ、アザ? どうしたの?」
「ああ……ミシェルに殴られた。奥歯が一本ぐらついてる」
「どうして?」
「俺が締め上げたから。シェリルのことで、何を知ってるんだって。ヤツは、約束だから話せないって言ってた」
「それで殴りあったの?」
「ああ」
シェリルが寝返りを打って、アルトの方を向いた。
「野蛮だわ」
「シェリルを失わずに済むなら、できることは何だってする」
「同情? それはイヤよ」
「いや、独占欲」
シェリルは闇の中で自分の頬が染まっていくのを感じた。
「アルト、そっちへ行っていい?」
アルトは黙ってシェリルを引き寄せた。
シェリルはアルトの胸に頬をつけた。心臓の音、呼吸の音が響いてくる。
これから、何回、こんな夜を過ごせるだろう。


★あとがき★
18話でアルトの所にミシェルから電話が入った後のお話。
本編とは別の展開で、シェリルは街を彷徨わずに体調を整えアルトと会っています。
V型感染症の症状については、全くの思いつきですので、オフィシャルな設定とは整合性はありません。
素敵な絵でネタを提供していただいたmittin様に捧げます。

2008.08.17 


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