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この時代のパイロットたちは、民間の所属であっても新統合軍予備役将校の階級を与えられている。
所属する国家・組織が戦時体制に移行すれば軍役に服するのが義務だ。
それは美星学園のパイロット候補生達も同様だった。
パイロットコース必修の教科にはバルキリーを操縦するシミュレーション戦闘が含まれていて、男子生徒たちの間で人気の教程だ。

アルト
ミシェルに廊下で呼び止められてアルトは振り返った。
「なんだ?」
「事前に警告しておこうと思ってな。シェリルたちのクラス、そろそろシミュレーション戦闘に入る……」
アルトー!」
ステージで鍛えた良く通る声がした。
「遅かった、な」
つぶやいてアルトは肩をすくめた。
振り返るとシェリルが近づいてくる。
「今度、バルキリーの模擬戦闘するのよ。予習したいんだけど」
「分かった、分かった」
アルトシェリルを伴って、シミュレーション室へと向かった。
後姿を見送るミシェル
「女王様には逆らえないよな」

「でね、バルキリーの機首のところにマーク入れたいのよ」
「パーソナルマーキングか?」
「そうそう、それ。何か、素敵な図柄は無い?」
「形から入るのか」
アルトはコンソールに向かって、パーソナルマーキングの雛形を呼び出した。かつて地球上に存在した様々な航空部隊のエンブレムや、統合軍・新統合軍になってからのマークを並べる。
「どれがいい?」
アルトが振り向くと、シェリルは一つ一つ拡大して確かめていた。
「うーん、ピンとくるのが無いわ。アルトのマークってどんなの?」
「俺のはこれ」
美星学園のシミュレーションで使用する機体は、一世代前のVF-11サンダーボルトだった。実機ではなく、データの中の機体のため、絵心のある生徒たちは独創的な塗装を競っている。
アルトの機体はオーソドックスな白の機体だった。コクピットの下に“虎徹”の文字と交差するように日本刀のマークが描かれている。
「へぇ、カッコいいじゃない。どういう意味?」
「虎徹(こてつ)は名刀の名前で、第二次世界大戦中、日本海軍きっての撃墜王のあだ名」
「なんか、そういうストーリーがあるのが良いわね」
「それじゃ、これなんかどうだ?」
アルトは白バラのマークを呼び出して、コクピットの下に配置した。
「バラね。悪くないけど、何か由来があるの」
「スターリングラードの白バラと呼ばれた女性エースパイロットが付けてたんだ。ソ連陸軍のリディア・リトヴァク」
「ふぅん……いいわね。でも、バラは真紅のがいいわ。それで、もっと大きくして」
アルトはグラフィックツールを操作した。紅バラを機体背面に大きく配置する。
「いいわね。美星学園の赤いバラ、誕生ね」

「結局、俺も付き合わされるんだな」
ミシェルはシミュレーターのコクピットでぼやいた。しかし、表情は面白がっている。
使用するのは深い青の塗装に、機首に黒いチューリップのマークを入れた機体。
「じゃあ、ルールを確認しますね。設定は地球上。気象の擾乱(じょうらん)、対空砲火は無し。アルト先輩はシェリルさんと分隊を組む。ミシェル先輩はAI(人工知能)機と。ハンデで、アルト先輩・シェリルさんの反航優位戦でスタート」
審判役のルカが確認を入れた。
反航優位戦とは、互いに演習空域の反対方向から進入。アルトとシェリルのチームの方が、高い高度からスタートする条件を示す。
「いいか、ミシェル機を発見したら、高空から一撃離脱。とにかく俺について来い」
「了解」
アルトの指示を聞きながら、シェリルは操縦桿とスロットルを握りなおした。
「状況開始!」
ルカの合図で対戦が始まった。
開始早々、ミシェルの分隊を発見。
「行くぞ。まずはAI機から」
アルトは機体を急降下させた。シェリルも何とかついてくる。
目の良いミシェルも、アルト機の存在に気づいて増速。
AI機は状況の変化に弱い。ロックオンされて、マイクロミサイルの斉射を浴びる。これを回避したところで、コースを読んでいたアルトの射撃を浴びて爆散。
アルトは反転しながら、ミシェル機を追尾した。
「ちょっとアルト!」
シェリル機が降下を続ける。
「馬鹿、スロットル戻せ!」
アルトはミシェル機と空戦機動を繰り広げながら叫んだ。
ミシェル機はインメルマンターンでアルト機の上をおさえようとする。
バルキリーの可変機能により、縦横に空を駆け巡るアルトとミシェル。
「ほっとかないでよ!」
シェリルが文句を付けるが、学年首席のミシェルと次席のアルトの戦いに余人が介入する隙はない。
「もうっ!」
シェリルはとりあえず上空に出た。
アルトは楽しんでいた。ミシェルとの対戦成績は30勝31敗29引き分け。ここでタイに持ち込みたい。
わざと隙を作って、後ろ上空にミシェルを遷移させる。機体背面に装備されたレーザー機銃で牽制しながら奇襲のチャンスをうかがう。
そして……。
「とったあああああ!」
通信回線に響き渡ったのは、シェリルの勝どきだった。
ミシェル機の更に後方上空から、教本通りの一撃離脱戦法。ガンポッドの射撃が降ってくる。
「ええっ!」
アルトとの戦いに集中していて、全くノーマークだったシェリルからの攻撃に、ミシェル機は回避を試みるものの、あえなく撃墜。
「シェリル、お前……って! トリガー放せよっ!」
続く射撃でアルト機も諸共に撃墜される。

「ふふっ、学年一位二位を同時に撃墜ねっ」
Vサインでシミュレーターから出てきたシェリル。
「おい、味方撃ってどーするんだよ」
アルトの突っ込みに、シェリルは知らぬ顔。
「勝てば良いのよ、勝てば」
「確かにルールでは、俺の負けだ」
ミシェルが苦笑する。
美星学園の赤いバラ、その伝説が今始まったのよ」
シェリルは、その称号がいたくお気に召したようだ。


★あとがき★
話中に登場したエースパイロットは第二次世界大戦中に実在した人物です。

殊に『スターリングラードの白バラ』リディア・リトヴァクは撃墜数12を記録していながら、女性らしい可憐なエピソードに富んだエースパイロットでした。
あだ名は白バラでしたが、実際は白百合のマークだったそうです。敵側のパイロットがバラと誤認したとか。話中のアルトは、このエピソードを間違って記憶しているようです。
リディアは、いつもコクピットに、その日に摘んだ花を飾っていました。
防寒用にブーツの内張りとして使われていた毛皮を剥いで飛行服の襟に付け、お洒落をしたところ、上官に見つかって叱られた逸話もあります。
最期は、恋人でもあった上官が訓練中に事故死し、傷心を抱えながら出撃。敵機8機に包囲されるも、うち2機を撃墜。機銃弾が尽きて未帰還となったそうです。
現在残っている写真を見ても、とても可愛らしい人だったようです。

“零戦虎徹”と自らを呼んだのは、94機撃墜(異説あり)の岩本徹三。
卓越した技量で三号爆弾と呼ばれる空中爆弾を使用、編隊を攻撃するのを得意としました。
戦争末期ともなると、神風特攻の露払いである制空任務に就くことが多くなり、育てた若年パイロットが突入していくのを見守って、激しい感情が沸き起こるのをノートに記しています。

ミシェル機が使用している黒いチューリップをパーソナルマークとし、“黒い悪魔”と呼ばれたエーリヒ・ハルトマンは空前絶後の352機撃墜を記録しました。
一撃離脱戦法を得意とし、僚機を撃墜させなかったことでも有名です。

2008.08.13 


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