2ntブログ
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芸能界の関係者が集まるパーティーは虚飾と蠱惑(こわく)に満ちている。
洗練された衣装と立ち居振る舞いのスターたちに交じって、得体の知れない男女がチャンスを狙ってホールを泳ぎ渡っている。チャンスはビジネス関係かもしれないし、ラブアフェアを仕掛ける隙かもしれない。あるいはその両方。
映画プロデューサーの長話から解放されたアルトは、バニーガールの差し出したトレイからシャンパングラスを受け取ると、喉を潤した。
スタントとして出演した映画『Bird Human』のジョージ山森監督は、映画界でそれなりに影響力を持っているらしく、アルトは映画関係者から関心を持たれていた。
(こういう場は苦手だ)
歌舞伎の世界でも後援者はいるので宴席に付き合わされることもあるが、やはりアルトにとっては心地よい空間ではなかった。
会場の隅で、携帯端末を取り出すと、先日から検討していた軌道を再計算する。
(ブースターを積んで高加速。フォールド安全圏まで……いける)
携帯端末にメールが着信した。文面は、問題無し、の一言。
アルトは唇の端で笑った。
すぐに携帯の通話機能でフォールド・ブースターのレンタルを手配する。幸い在庫が確保できた。
(よし)
端末を折りたたみ、会場を見渡した。
どこに居ても目立つシェリルの姿はホールの中央あたりにあった。
青い瞳のまなざしがこちらを向く。
軽く手を振ると、シェリルは取り囲む人々に挨拶して、こちらに来た。
今日の衣装はプリーツ加工で見る角度によって表情を変える白いドレス。ドレスに負けないほど白い肌が、今はアルコールでほんのりとピンクに染まっている。
「そろそろ…」
タキシード姿のアルトが肘を差し出すと、シェリルは腕を絡めてうなずいた。
「ええ」
パーティー会場を辞すと、主催者の手配した車で自宅へと戻る。
車の後部座席で、シェリルはピルケースから酔い覚ましの薬を取り出すと、水なしで飲み下した。同じものをアルトにも渡す。
アルトもそれを飲みながら時間を確かめた。23時を過ぎたところだ。
「どうだった?」
「まぁまぁ。何人か話をしたかった人にも紹介してもらったし……アルトも映画の方の人から声をかけられてたじゃない」
シェリルはヒールを脱ぐと、素足になって足を延ばした。
「ああ……これからの予定は?」
シェリルは携帯端末でスケジューラーを呼び出した。
「夜中過ぎに、家に事務所から迎えが来るわ。それから、宙港で星系内便に乗って短距離フォールド。外宙港で長距離客船に乗り換え、ね」
「ハードなシンデレラだな」
「そうね。迎えに来るのはカボチャの馬車じゃないけど。でも、どうしてもこのスケジュールじゃないと間に合わなくって」
不治と言われた病から復活を遂げたシェリルは、以前にも増して自分の歌声を人々に届けるのに力を入れていた。それもキャパシティの大きな会場で収益を見込めるような船団や星系だけではなく、辺境といわれる場所や、前進基地しか設置されてないような星々を巡るツアーだった。
「2か月近く離れ離れだけど……浮気しちゃダメよ。するんなら、私にバレないようにね」
冗談めかしてシェリルが言った。
「余計な心配するなって。それより、だな……」
アルトが続けようとしたところで、車が家の前についた。
運転手に礼を述べると、二人は家に入った。
玄関でシェリルがアルトを振り返る。
「さっき、何を言おうとしたの?」
「軌道計算してみたんだが、明け方、ここからバルキリーで出て、直接、外宙港に間に合う。フォールドブースターも手配してある」
「いつの間に……アルト、仕事は?」
「調整をつけたぜ。ギリギリになって悪かった」
寝室でシェリルは、アルトの首に腕をまわした。
「事務所からのお迎えは断ったらいい?」
アルトは軽く触れるだけのキスをした。
シェリルは微笑んだ。
「判ったわ。スタッフには直接、宙港に向かってもらうわね」
携帯端末を取り出すとシェリルはスタッフにコールした。
「もしもし。これからのことなんだけど…」
アルトはシェリルの背後に回って、ドレスのホックを外した。肩のないデザインなので、スルリと滑り落ちた。胸元を飾るネックレスを外し、うなじにキスした。
シェリルはまぶたを閉じて首筋をふるわせたが、携帯で話している声を変えなかった。
「急な変更で悪いんだけど、こっちに迎えに来なくても大丈夫。アルトが外宙港まで送ってくれるから……ええ」
うなじから耳の後ろに唇を滑らせる。両の掌で乳房を包み、愛撫すると乳首が固く立ち上がった。
「あっ」
小さく叫ぶとシェリルは横目でアルトを睨んだ。
「な、なんでもないわ。じゃ、外宙港で」
携帯を切ると、シェリルはアルトの肩に手を回してベッドに引きずり込んだ。

ひとしきり熱を高めあった後で、シェリルは唇が触れるほどの距離で囁いた。
「美星に通っていた時の…覚えている?」
「何を?」
「二人だけで下校したこと」
「覚えている」
当時、アルトはSMSに所属していたし、シェリルは仕事の関係で送迎に車を利用していたので、二人揃って下校したのは2~3回ほどだ。
「あっちこっち寄り道したわね」
「付き合わされたな」
アルトの人差し指がシェリルの肌の上に地図を描くように滑った。
ゲーセンではシェリルがフライトシミュレーターでハイスコアを出すまで付き合った。
クレープの屋台では、いろんな味を試したがったシェリルのために幾つもクレープを持たされた。一口ずつしか食べてないので、残りはアルトが処理するはめになった。その夜は夕食を食べる気にならなかったことを覚えている。
ブティックでは果てしない試着で待たされ、アンティークなボタンを探してユーズドファッションの店を幾つも巡った。
「少しでも長く一緒にいたかったの……」
シェリルはアルトの頬に頬をすりよせた。
「今夜はアルトが引きとめてくれたわね」
「ああ」
シェリルはアルトの唇にキスした。
「遠回りし過ぎたかしら」
「あれはあれで楽しかった」
「違うわ」
シェリルの爪が胸板の上にハートマークを描いた。
「あの頃に、もっと早くに、はっきり愛しているって伝えた方が良かったかしら、ってこと」
「さあ……それは今だから言えることかもしれない」
「そうね、あの頃の鈍感なアルトは、ね」
「お前だって素直じゃなかったろ」
「ふふっ」
「ボロボロになってから正直になりやがって」
辛い経験も、微笑みと共に回想できるようになった。
「私は一度死んで生まれ変わったの…今の私に」
アルトがぼそりと言った。
「歌、な」
「うん」
「お前の歌、好きだ」
「歌は私そのものよ」
「知ってる」
「もっと好きになって、もっと愛して」
アルトはシェリルに覆いかぶさった。

ベッドの上で互いの温もりを交換しているうちに、夜明けが近づいてきた。
あわただしくシャワーを浴びて、身支度を整えるシェリル。
アルトは格納庫でVF-25民生用モデルの準備を整えた。メイン反応炉をアイドリング状態にして待機する。
パイロットスーツ姿のシェリルがあらわれた。
ガウォーク形態のVF-25は機械腕を下ろして掌にシェリルを乗せ、持ち上げた。
前席のアルトは、シェリルが後席に乗り込んだのを確認して、キャノピーを閉じた。
「反応炉出力上昇。テイク・オフ」
VF-25は垂直上昇を開始。
高度300メートルを超えたところで、ファイター形態にシフト。
1000メートルを超えたところで、音速を超えた印のマッハコーン(航空機の後方に発生する円錐形の雲)を作り出す。極超音速で成層圏を超え、熱圏を駆け抜ける。
亜宇宙高度で、衛星軌道を周回しているフォールドブースターの信号を受信。
自動ランデブーでブースターと合体すると、VF-25は10Gを超える加速でフォールド安全圏へと到達した。
短距離フォールドで外宙港へ一気に跳躍。
そこでようやく一息ついた。
折りたたまれた空間特有の、自己の存在がブレるような感覚を受け止めながら、シェリルが言った。
「久しぶりね、こんな加速」
「わがまま言って悪かったな」
「いいの……なんだか不思議」
「何が?」
「ほとんど寝てないのに、お化粧のノリがいいの」
「どうしてだ?」
「さあ……アルトのおかげ、かしら?」
「……」
「照れてる?」
「バカ」
VF-25の航法コンピューターがフォールド空間から脱出するタイミングをカウントダウンし始めた。


★あとがき★
後日談で、アルトシェリルは安住する惑星で一緒に暮らしている、という設定です。
ryo様のリクエストをいただいて書いてみた、別パターンです。
甘酸っぱい付き合いの頃を回想しながらイチャイチャしています^^

2008.08.09 


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