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惑星フロンティア首都、キャピタル・フロンティア。
シェリル!」
マネージャーを勤めるベテラン女性社員が、帰り支度を始めたシェリル・ノームに声をかけた。
そろそろ夕方にさしかかろうか、という時刻だが、フレックスタイム制をとっているベクター・プロモーションの社内なので、全員が退勤時刻というわけではない。それぞれが自分のペースで仕事をこなしている。
シェリルは新しいアルバム制作に向けての、企画会議に出席するために社に顔を出していた。
「何?」
バッグを肩にかけたシェリルは、マネージャーを振り返ってサングラスをはずした。少し、そわそわしている。
「再来週の件、忘れないで下さいね」
「再来週…何だっけ?」
マネージャーは大げさに呆れてみせた。
「映画監督の山森さんと対談ですよ。もう忘れちゃったんですか?」
「あ、ああ、そ、そうね。そうだった。忘れてないわよ。度忘れしただけ」
「何、そんなに急いでいるんです?」
「これから、家で『パイロット物語』を観るのよ。悪いけど、じゃ、また」
携帯端末で時刻をチラ見したシェリルは、ダッシュで社屋を出た。
「連ドラなんて、ダウンロードで見ればいいのに」
マネージャーは肩をすくめて、シェリルの背中を見送った。

車を飛ばして帰宅したシェリルは、簡単な食事の用意を済ませるとリビングへと運んだ。
ソファに座って、AVセットのスイッチを入れる。
予約済みだったので、チャンネルは自動的に合う。
聞き慣れたテーマソングとともに、『パイロット物語』のタイトルロゴが表示された。
月曜日の夜7時から始まる連続ドラマは、どちらかといえばティーンの視聴者をターゲットにしたものだ。
ストーリーは、新統合軍の新米バルキリーパイロットとなった18歳の少女が、精鋭部隊に配属され、鬼教官の下で鍛え上げられていくという、スポ根ノリの単純な筋立て。
ところが、ヒロインが密かに恋心を抱いている鬼教官が主婦層の人気を集めて、本来のターゲットとは異なる奥様方の間で盛り上がっていた。
シェリルは、いささかお行儀悪くラザニアにフォークを付きたてながら、画面に釘付けになっていた。
実機を使っての演習中、近くの恒星が突如バースト現象を起こした。
押し寄せる電磁波と放射線の嵐の中、普段は反目しあっている成績トップのライバル(男性)と協力しあってピンチを脱出。
鬼教官に「良く頑張った」と褒められて、ささやかな幸せに浸っているヒロイン。
その直後、ライバルから「俺と付き合わないか」と告白されてビックリ、というシーンでエンディングになった。
「どうなるのかしら、次回」
シェリルは手元に携帯端末を引き寄せると、匿名で書き込める掲示板に音声入力で感想を書き込んだ。他の奥様方も掲示板に次々と書き込む。
スポ根から、一転して恋愛模様がクローズアップされたため、ヒロインがライバルの告白を受けるのかどうかが、話題になっていた。
シェリルは、ヒロインに振られるんじゃないかと書き込むと、すぐに賛同や反対のレスポンスが書き込まれる。
「ただいま」
頬にキスされて、シェリルは驚いた。
「お、おかえり、アルト
「また、インスタントで晩飯……ドラマ見てたのか。お気に入りだな」
着流し姿のアルトは羽織から袖を抜いて、衣文掛けにかけた。
「ま、まあね」
「ダウンロードでいつでも見れるだろ?」
この時代のテレビ放送は、放映後でもネットに接続されたサーバーから、いつでもダウンロードして視聴できる。
「だって、ネットで皆と一緒に盛り上がりたいんだもん」
「ネット?」
アルトはシェリルの手元を覗き込んだ。
「匿名掲示板?」
「そう。私がシェリルって判ると、皆、遠慮しちゃって盛り上がらないし」
ヒロインのライバル役は、アルトとシェリルの息子である早乙女悟郎だ。歌舞伎役者とミュージシャンという二つの顔を持つ多才ぶりだが、今回、新境地として連続ドラマへ出演している。
早乙女アルト家では自家用機としてVF-25Fを使用しているため、悟郎が豊富なバルキリーの操縦経験を持っているのも、抜擢された理由のひとつだ。
「これ、お前の書き込みか……って、ヒドイな。こっぴどく振られればいいとか……息子が可愛くないのかよ」
「ドラマの中じゃ、いけ好かないヤツだもん」
シェリルは、刻々と増えていく掲示板の書き込みをチェックしながら言った。
「それがお役ってもんだが……へぇ、そのいけ好かないエリートにもファンは居るんだな」
「悟郎ファンもいるわよ。当然じゃない。時々、読んでみるけど面白いわよ」
「でも晩御飯は、ちゃんとダイニングで食べろよ。向こうでも見れるだろ?」
シェリルはソファの上で胡坐をかいた。
「こっちのが画質がいい」
アルトは苦笑してキッチンへ向かった。デザートに林檎を剥いて出してやろうと、掲示板に書き込んでいるシェリルに背中を向けた。


★あとがき★
先日、ケーブルテレビで放映された『図書館戦争』を見て、思いついたお話です。
安直かしら?

2010.02.12 


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