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悟郎とメロディが9歳になった夏。
アルト一家は、夏休みを山中のコテージで過ごすことにした。
楽しいはずの家族旅行は微妙な雰囲気になっていた。

コテージの子供部屋で荷物をほどきながら、ストロベリーブロンドにブルーアイの男の子・悟郎は双子の片割れであるメロディに尋ねた。
「お父さんとお母さん、なんかヘンな感じじゃなかった?」
長く伸ばした黒髪と琥珀色の瞳の女の子・メロディは訳知り顔で言った。
「夫婦ゲンカの真っ最中」
悟郎はトランクから衣服をクローゼットに移す手を止めた。
「なんで?」
「お母さんが、ほら、なんとかって言うダンサーとウワサたてられてたじゃない。雑誌に載ってたわ」
「ああ、アレか。アレぐらいで何で?」
悟郎は不思議そうな顔をした。
その程度のスキャンダルっぽい記事なら、シェリルにとって頻繁ではないが、珍しい話ではない。
家族の間でも深刻な話題ではなかった。
「ちょっとね、言葉の行き違いがあったのよ」
メロディは荷物を片づけて、ベッドの上にポンと飛び乗った。スプリングでほっそりした体が跳ねる。
「夕べ、夜中に目が覚めて、水を飲もうってキッチンに行ったら、ダイニングでお父さんとお母さんが言い合ってたの」
「ふぅん」
「盗み聞きしてたわけじゃないから、そんなハッキリとはわからないけど……お父さんが、こんなニュース子供らが見たら傷つくだろうって言ってて、お母さんが、それぐらいでビビるような教育してないって」
「まあね。ボクなんかしょっちゅうだ」
悟郎の言葉にメロディは肩をすくめた。
「そうね。アイラとトリシアとベラとケイコとウェイとウワサたてられたもんね」
悟郎は唇を尖らせた。手は荷物の整理を再開している。
「バースディプレゼントもらったから、お返ししただけなのになぁ……ったく」
「ハデな花束もいっしょに贈るから、誤解されるのよ」
「だって、ミアにプレゼントしたら喜ばれたからさー」
「ミアは大人なのよ」
メロディはヤレヤレと首を横に振って、窓から外を眺めた。
コテージは尾根伝いに作られた道路の脇にあるので、眺めが良かった。緑豊かな森を見下ろせる。
悟郎は既に歌手として芸能活動を始めていた。
ミアは、最初に発表したミニアルバムを担当してくれた女性プロデューサーだ。
早くからショウビズの世界に入って大人に囲まれていたため、悟郎は子供同士の付き合い方が判っていないところがある。

アルトは買い出ししてきた食品類を倉庫や冷蔵庫にしまった。
「今夜、何が食べたい?」
「……」
夫婦の寝室に荷物を運びこんでいたシェリルは黙々と作業を続けていた。
冷戦続行中だ。
「ビーフシチューにでもするか」
シェリルが好きそうなメニューを口にしながら、リビングの家具にかけられていたホコリ除けのカバーを外していく。
「……ローリエ入れるの忘れないでよ」
ようやくシェリルが口を開いた。少しは機嫌がなおったらしい。
2階から子供たちの足音がした。
「このらへん、探検してきていい?」
悟郎がアルトに尋ねた。
「ああ。でも、携帯は持っておけよ。それと、水辺には近寄らないこと」
アルトはコテージに備え付けの発電機や住宅設備、通信機器の調子をチェックしながら返事した。
通信端末の画面に人工衛星からの監視映像も表示させた。不審な車両などは見当たらない。
有名人の子供ともなると、誘拐などのリスクも警戒しなければならない。
(バジュラたちに突っ込まれるんだよな……同じ種なのに、何故かくも行動規範が違うのかって)
アルトは一人、苦笑しながら、衛星の映像を悟郎の携帯端末に追尾させた。
「メロディも一緒に行くの?」
寝室から聞こえてくるシェリルの声に、メロディが返事した。
「はい、お母さん」
「晩ご飯までには帰るのよ」
「いってきまーす」
双子たちは声を揃えて言った。

尾根伝いに作られた道は、夏の日差しで暑かったが、時折、吹く風が涼しかった。
悟郎とメロディはパワーアシスト付きの自転車でサイクリングを楽しんでいた。
「ねえ、どこまで行くの?」
メロディの質問に悟郎は一言。
「エンジェル・フォール」
この近くにある観光名所の滝だ。
「えー、お父さんから水辺はダメって言われたじゃない」
「でもさ、あそこなら展望台とか通路とか整備されてるから大丈夫だろ? 自然のままの川岸ならヤバいけど」
「そっか。そうね」
ポツンポツンと別荘が間隔をおいて並んでいる道は、車も人通りも少ない。
道路標識に従ってエンジェル・フォールへ向かう道に入った。
少し急な坂を駆け下り、駐車場に自転車を止めて展望台へと向かう。
しばらくすると、遠雷のような轟きが聞こえてきた。
「わあ!」
展望台で悟郎が歓声を上げた。
「凄い……」
メロディも絶句する。
落差1kmを超える断崖から瀑布が流れ落ちている。
太く白濁した水の流れは、あまりの落差に下部では細かい霧のような水しぶきになっていて、滝壺が無い。
「あの下まで行ってみない?」
メロディが悟郎の手を引いた。
「うん」
悟郎も頷いた。
展望台からキャットウォークのような手すり付きの通路が崖に取り付けられている。
進んでいくうちに周囲は霧に包まれていく。この霧は瀑布のなれの果てだ。
衣服が重く湿ってくる。
次第に5m先も見えない程の濃霧に包まれる。手すりに付けられている黄色い明かりを頼りに歩いていった。
エンジェル・フォールの真下は、頭上から降り注ぐ轟音と柔らかく重い霧に満たされた幻想的な世界だった。
周囲の岩を緑の苔が毛足の長い絨毯のように分厚く覆っていた。
「白い闇、ねっ!」
メロディが悟郎の耳元で叫んだ。そうしないと聞こえない。
「うん!」
悟郎は、この眺めを撮影しようと携帯端末を取り出した。
「あっ!」
濡れた手が滑って携帯を取り落とす。携帯は手すりを超え、霧にまぎれて見えなくなった。
遥か下を流れる川に落ちたらしい。

シェリルは荷物をほどき終わって、リビングで寛いでいた。
ピピッ!
通信端末から警報音が鳴る。シェリルは立ち上がって画面をチェックした。
子供たちに持たせた携帯端末に異変が生じたようだ。
川に沿って、かなりの高速で端末が移動している。
「まさか、水に落ちた? アルト!」
キッチンで夕食の下ごしらえを始めていたアルトが出てきた。
「これ見て」
シェリルの指さした画面をアルトものぞきこんだ。
「……流されてる? 体温は……感知してない。携帯だけ落したのか、それとも…」
アルトはエプロンを投げ捨てて、外へ出た。
「俺はバルキリーで探す」
アルトが叫ぶと、シェリルが頷いた。
「判った。こっちは車で」
シェリルもコテージを飛び出て、車に乗り込んだ。アクセルを踏みこむと、背後から自家用に使っているVF-25が飛び立つ噴射音が鳴り響く。
シェリルは悟郎の携帯の現在位置をカーナビに表示させた。
やはり流されているようだ。山間なので、場所によっては電波を拾えずに信号が途切れる。
車のハンドルを握りながら、片手で自分の携帯端末を操って、メロディに連絡を取ろうとする。
呼び出し音がするが、つながらない。
カーナビのディスプレイにメロディの携帯端末の位置を表示させた。コテージの位置で輝点が明滅している。
「忘れて行ったのね」
シェリルは携帯を切って運転に集中した。

「水辺は……って言ったのに」
アルトはガウォーク形態のVF-25を繊細に操った。
現在位置は航法支援システムの画面に表示させた悟郎の携帯の位置とぴったり重なっている。
流れがやや緩やかになったところで、川の中に着陸した。
水蒸気と水しぶきを跳ね飛ばしながら流れの中央に降り立つと、上流から流れてくる携帯を待ち受けた。
機械腕を伸ばし、掌を広げる。
この手の細かい操作は昔から得意だった。
キャノピーに投影されるヘッドアップディスプレイの表示を頼りにすくいあげる。
機械の掌に小さな携帯端末をキャッチ。
しかし見回しても、悟郎の姿はない。
アルトはシェリルの携帯端末を呼び出した。
「こちらアルト……携帯は回収したが、悟郎の姿は無い」
“了解。メロディの携帯にもかけてみたけど、あの子、コテージに忘れてるわ”
「そうか。シェリル、頼む」
アルトの意図するところは、シェリルにも通じていた。
“ええ、歌ってみる”

両親に心配をかけないように早く家に帰ろうと展望台に戻った悟郎とメロディは体の奥底から響いてくる歌声を感じた。
メロディが呟いた。
「お母さん」
“ソ・ド・ラ・ファ・ミ・ド・レ”
一番最初にシェリルから教わった旋律がフォールド波に乗って、双子の心を共鳴させた。
“ドミミ・ミソソ・レファファ・ラシシ”
シェリルの歌声に合わせて、悟郎も歌う。
ハーモニーに乗って、お互いの状況が伝わった。

V細菌と共生関係にあるシェリルから生まれた双子は同じ体質を受け継いでいた。
バジュラ戦役後に生まれた子供たちの中には、同じようにV細菌と共生関係を作り上げている者が多い。
バジュラと人類の仲立ちとなることを期待されている世代と言える。
ただし人体を用いたフォールド波通信は言語情報の伝達効率が良くないので、日常的な要件は通常の携帯端末を通じた音声通話で済ませている。

結局、シェリルが車に双子と自転車を乗せてコテージに帰ってきた。
先に待っていたアルトは、びしょ濡れのまま降りてきた双子をぎゅっと抱きしめた。
「ハラハラさせるんじゃないぞ」
「ごめん、お父さん」
「ごめんなさい」
「ほら、シャワー浴びてこい」
双子の背中を押して、家に入る。

夕食後、子供たちを寝かしつけたシェリルが居間に戻ってきた。
「初日から大騒ぎしたわね」
「ああ」
ソファに座っているアルトは、冷えたビールの喉越しを楽しんでいた。
「お前もどうだ?」
グラスを掲げて見せると、シェリルはキッチンからスパークリングワインのボトルを持ってきた。
「じゃあ、私はこっちでお付き合い」
二人はグラスの縁を触れ合せた。
「お前の歌声に乾杯」
アルトが言うと、シェリルが和した。
「我が家のエースパイロットの働きに、乾杯」
しばらく黙ってグラスを傾けていたが、アルトがポツリと言った。
「悪かったな」
「何が?」
シェリルは質問したが、アルトが何を言いたがっているのかは予想がついた。
「雑誌の記事、子供がどうかってより……その、なんだ…気に入らなかった」
「ふふ。今までも、あんな記事あったのに、どうして?」
シェリルはアルトの肩に頭を乗せた。
「いや、その……相手がハンサムだったから……」
「それだけ?」
シェリルはアルトの瞳をのぞきこんだ。
アルトは目をそらせる。
「まあ、いいわ。私も不注意だったし……これで仲直り」
噂の相手となったダンサーの容姿が、ちょっとだけミハエル・ブランに似ていたのも、アルトが態度を硬化させた原因の一つかも知れない。
アルトの好敵手で、学生時代一度も勝てなかったミハエル。
「アルトほどイイ男は銀河中探しても居ないわよ」
アルトはグラスをテーブルに置いて、シェリルを抱き寄せ、キスする。

シェリルの手がアルトの肩に回ったのを、双子は物影からのぞいていた。
足音を忍ばせて、子供部屋に戻る。
「なんだかんだ言って、やっぱり仲が良いよね」
ベッドに入った悟郎が囁いた。
「そうね」
メロディの声にはうっとりとした響きがあった。
まだ、恋愛というものを明確に意識する年齢ではなかったが、メロディにとって両親は理想の将来像だった。
今夜は良い夢を見れそうだ。
「お休みなさい」
メロディは部屋の明かりを消した。


★あとがき★
無記名^2様と、ゆき様のリクエストを組み合わせてお話を作ってみました。
ご笑覧下さい。

話中に出てきたエンジェル・フォールは同じ名前の滝がベネズエラにあります。
実際の滝も話中と同じような滝壺の無い滝で、モデルにしました。
「天使の滝ってロマンティックな名前だな」
と思っていたのですが、単純に発見者がジェームズ・クロフォード・エンジェル氏という方で、お名前をとっただけなんだとか。
わりと即物的な命名ですね^^

2008.10.05 


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